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YAMA OTO BEER

夏は山の麓で音楽とビールを味わいたい

自分だけの自分じゃないと思ったことがあるか

俺のものは俺のもの。お前のものは、知りません。

 

と、この年になりましたが、

「自分だけの自分じゃないな~」っていう感覚は

あまり持ったことがありませんでした。

ちょっと言っててよくわからなくなってきたけど、

つまり、自分という存在は、自分だけのものじゃなくて、

誰か他の人にとっても、重要な存在で、

いなくなったり、悲しんでほしくない、

と誰かに思われている自分の状態のこと。(よりいっそうわかりにくい)

 

いちばん身近な例でいくと、親とか家族になるのかなあ。

親は自分のことのように子どものことを心配するし、

幸せになってほしいと思っている。一般論なので例外はあるにしても。

私の親も、たぶんすごい私のことを心配はしてくれていて、

私が自暴自棄になって、自分を痛めつけるようなことがあった時には、

「あんただけの体じゃないのよ!自分大事にしなさい!

じゃないとお母ちゃんつらいんだよ!」

みたいなことを言われると思います。

実際なったことないんで、予測ですが。

 

その気持はよくわかる。

私だって親とか家族が、自身を粗末に扱うことがあれば、

本気でやめてって思うと思う。

でも、もはや家族間ではその感覚が当たり前すぎて、

そう思ってくれてはいるんだろうけど、

そうであるはずだ!と特別思い起こすことでもなくて。

「自分だけの自分じゃない」という感覚を

改めて実感するまでもないのが正直なところです。

 

友達にしても、大事な人はいろいろいるけど、

そうはいってもそれぞれが別に自分の生きる世界とか居場所があって

そういうものだっていうのも、わりと互いに一定の理解があるので、

それほど、誰かに所有されているような感覚は持ちにくい。

 

ところがどっこい、

恋人とか、すきな人に対しては、こういうある意味所有的な感覚が生まれるのかもしれません。

他の人たちがどうなのか知らないけど、

少なくとも、自分以外の人と関わる相手を許しておけなかったり、

相手の予定や人間関係、考えていることをすべて知っていないと気がすまなかったり。

いわゆる束縛みたいなものが発生すると、

「自分だけの自分じゃないから、気をつけなきゃ」みたいな感覚が

わりとわかりやすく感じられるようになる気がしています。

 

なんでだろう、っていう時に考えたのは、たぶん、

家族になりかけているからなのかなーって。

まあ、実際に結婚して夫婦になってパパ・ママになるかどうかは、

そりゃ現時点ではわからないことが大半だろうけど、

少なくとも、付き合っている時点でその可能性はゼロではない。

もし家族になることを予想すると、親が子どもを心配するような、

ただの友達関係以上に強いつながりが育まれて、

相手は自分の一部で、自分は自分だけのものじゃない、

っていうことになるのかなあ、と。

 

うーん。実際どうなのかわからないですけれども、難しいです。

私は、けっこうこの「自分だけの自分じゃない」という感覚が

どうも慣れなくて、どんなに絆が深かったりすきだったりしても、

自分は自分で生きていたいとか、思ってしまったりするのです。

すぐに自由で適当で楽しい方に流れたくなってしまうのです。

どんなに大事な誰かがいても、その人ひとりのためだけには生きられない気がする。

自分ひとりの時間というのも、すごい大事だと思っている。

 

でも、これが自分の良くないところな気もしています。

いつまでもこんな感覚では生きられない、どこかでちゃんと

大人にならなければいけない。

まあ、「自分だけの自分じゃない」を受け入れられるのが

果たして大人なのかどうかもよくわからないけれど。

年を重ねるにつれて、落ち着かなければならないことも

増えていくということでしょうか。

好きなことばかりして生きていくには、少々難しい年頃かもしれません。

 

「自分だけの自分じゃない」はすごく重たく感じたりもするけど、

実は幸せなことで、感謝するべきことでもある、のかしら。

極端な話になってしまうけど、

今までは自分のためだけに生きていたものが、

自分の命に替えてでも守りたい人ができるというのは、

ものすごいことですよね。

それだけ自分の存在する価値というのが、

誰かにとってはものすごく重要なわけで。

あーこのために生きていたんだな、なんて思ったりするのかも。

 

とはいえ、世の中バランス、という身も蓋もないこと言ってしまいますが、

もちろん、自分だけの自分じゃないくらいに

誰かと強い絆を持てていることは、すばらしいことで、

大切にしなければならないことです。

でも、そればかりになってしまうと、

その絆はどんどん鉛のように重たくなって、

自分だけの自分じゃない自分は、

巨大な錨のように、錆びながら海底へと沈み入ってしまい、

二度と別の風景を見ることができなくなってしまうかも。

大切なものはあっても、それひとつだけを見つめていなきゃいけないことはなくて、

ある程度自分中心になってみたり、

他の居場所をつくって息を抜いてみたり、

大切なものや人だけでは得られないような体験も、

きちんと得られるような居場所は、いくつかあったほうがいい。

そういう心の余裕は、きっとより大切なものを大切だと

感じさせてくれる、良いスパイスになるんじゃないかしら。

 

だいぶ偉そうなことを言った気がする。

とりあえず、世の中の人間関係を育むみなさん。

LINEの既読機能などに踊らされないよう、

時にはデジタルデトックスして、いつもの趣味に没頭してみましょう。

なんだかすごい有意義でおもしろい答えが見えてくるかもよー